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旭川地方裁判所 昭和43年(わ)197号 判決 1968年11月19日

被告人 吉野功

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、特殊自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四二年六月六日午後一時二五分ころ、空知郡江部乙町一、一九五番地先石狩川和興建設砂利採取場において、特殊自動車(ドラグライン)を運転し、時速約一キロメートルで東南方面に向つて進行を開始した際、自車前方約一〇メートルの地点にブルドーザー後部に結びついているワイヤーが散らかつているのを認めたが、このような場合自動車運転者としては、右ワイヤーが自車にからみつき、右ブルドーザーを突然動かして人の生命・身体等に危害を加える結果とならないよう、ただちに停車し、右ワイヤーを安全な場所にかたづけた上で進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然危険はないものと軽信し、そのまま進行を継続した過失により、右ワイヤー上を通過した際自車のキヤタピラに右ワイヤーをからませ、右ワイヤーに結びついていたブルドーザーを後退させる結果となり同車の後部において作業中の芥川邦正(当時二五年)を同車の下敷きにし、同人を脳挫滅頭蓋骨粉砕骨折により即死するに至らしめたものである。」というのである。

司法警察員作成の検視調書、医師酒井謙二作成の死体検案書、司法警察員作成の実況見分調書、菅原誠の検察官に対する供述調書謄本二通、大西清、吉野隆一の各検察官に対する供述調書謄本、被告人の検察官に対する供述調書を総合すれば、被告人は特殊自動車ドラグライン運転の業務に従事していたものであること、昭和四二年六月六日空知郡江部乙町一、一九五番地先石狩川和興建設砂利採取現場において、特殊自動車ドレンジヤーが転倒したため、ドラグライン及びブルドーザーを使用して右ドレンジヤーを起す作業に従事していたが、右作業が終了したため、同日午後一時二五分ころ、ドラグラインを移動させようと時速約一キロメートルでドラグラインを東南方面に進行させていたところ、前方に一本のワイヤーが地上に長くのびているのを認めたが、これを格別意に介することなく右ワイヤーの上をドラグラインで踏んで進行したところ、右ワイヤーがドラグラインのキヤタピラに巻きつきドラグラインが右ワイヤーを引つぱる結果となり、右ワイヤーが結びつけられていたブルドーザーを後退させ、右ブルドーザーの後部にいた芥川邦正を右ブルドーザーの下敷にし、このため同人は脳挫滅頭蓋骨粉砕骨折で即死したことが認められる。公訴事実記載の如く、被告人が右ワイヤー上をドラグラインを運転して進行することなく、右ワイヤーを片付けた後ドラグラインを進行させていれば、本件事故の発生を避けえたことは明らかである。

従つて、問題は被告人に、結果発生の予見可能性を認めることができるかどうかである。

証人大西清、同吉野隆一の各当公判廷における供述、被告人の当公判廷における供述および司法警察員作成の実況見分調書によれば、被告人の雇主である大西清は平素被告人らの従業員に対し、現場におけるワイヤーの取り扱いにつき、ワイヤーを使用した後はワイヤーをまるめて重機等の通らないところへ片付けておくよう、ただすぐワイヤーを使用するときにまつすぐのはしておくように指示しており、被告人も右のような指示を受けていたため、まつすぐのびたワイヤーの上をドラグラインで進行することはなんら危険がないものと考え、平常からまつすぐのびたワイヤーの上をドラグラインで進行しており、本件の場合もワイヤーがほぼまつすぐにのびていたため格別危険を感じずにワイヤーの上を進行したものであること、大西清は昭和二九年ころからブルドーザー等の特殊自動車を使用する仕事に関係し、途中中断はあるが、右のような仕事につきかなり長い経験をもつているが、ワイヤーが特殊自動車のキヤタピラに巻きつき人身事故が起きたことを経験したことも又そのような事例を他人から聞いたこともないこと、ただ円状にまるめてあるワイヤー上をブルドーザーが通過し、ワイヤーがキヤタピラに巻きついたことがあるということを他人から聞いたことがあるため、ワイヤーをまるめて放置することは危険であると考え、前記のような指示をしていたものであること、本件現場の如くブルドーザー等の重機類を使用する現場は、ワイヤーが下にはわしてあつたり、電線が張つてあつたりすることがしばしばあるため、特にワイヤーが丸まつて高くなつている等といつた事情がないときには、これを避けて通らずその上を踏んで通つている実情であること、本件現場において使用後のワイヤーの取りかたづけをする責任者は明確に定められているわけではないが、ワイヤーを使用した者又はワイヤーの結びつけてある車両の運転者がするのが通常であること(本件の場合はいずれも被害者の芥川である)を認めることができる。そして、右芥川が死亡しているためその間の事情は必ずしも明確ではないが、本件ワイヤーの取りかたづけにつき第一次的に責任を持つと考えられる芥川がワイヤーを丸めて片付けた上ワイヤーの取りはずし作業をすることなく、のばしたまま取りはずし作業をしていたのも、同人も大西清から被告人と同様の指示を受けていたため、ワイヤーをまつすぐのばしたまま作業しても危険がないものと考えたためではないかと推認される。

以上認定のような事情の下において、進路前方にほぼまつすぐにのびたワイヤーを発見した際、右ワイヤーがドラグラインのキヤタピラに巻きつき右ワイヤーの結びついているブルドーザーを引張ることにより人身事故の発生することを予見し、右ワイヤーを片付けた上で進行すべきことを被告人に要求することは困難であると考える。

結局、本件公訴事実はその証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

(裁判官 小田健司)

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